マッシ-ナの挑戦

本当は「マシーナ」なんだけど、マッシーナのほうが言いやすい気がする。タミルを「タミール」、ガーベジを「ガベージ」って言うように。

第0章 国家状況


画像出元:Wikipedia「Map_of_Trans-Saharan_Trade_from_13th_to_Early_15th_Century.JPG」 CC BY-SA 3.0

遡ること14世紀…この地には大帝国が存在した。
豊富な金や岩塩を元手に、大きく栄えた帝国「マリ帝国」が。

時の皇帝、マンサ・ムーサは1324年にメッカ巡礼を行った際、その道中で金を大量に使ったため、カイロの金価格が大暴落するほどであった。

しかし、その文明も終わりを迎え、400年もの月日が経ったある日…



このマリの地は完全なる群雄割拠地帯となっていた。

また、サヘル・スーダン[1]の中心地も、欧州との奴隷貿易で栄えた海岸部に移りつつあり、ここはさほど重要視される場所でも無くなった。


サヘルの現状はこんな感じだ。我がマシーナ王国(マッシーナ王国またはマッシナ王国とも表記揺れするかも、Massina)はニジェール川上流諸国の中間地点にある。
ニジェール川上流ではバンバラ王国(Bambara)が最大の勢力だが、軍事力は弱い。そして初期段階で開戦中である。
マシーナはイスラム国家であり、多くの国は非イスラム国家であるためジハード「Jihads」で刈り取ることができるが(後述)、FOUTA二国(フータジャロン、フータトーロ)はイスラム国家のため併合する必要がある。イスラム同士ではあるが、あまり仲良くもできないのが悩みどころ。

下流域は無印で唯一のサヘル国家だったソコト(Sokoto)が最大の国家。その下流の沿岸部にも、PoDには国がある。
その中でも、オヨ(Oyo)とワリ(Warri)は、人口が多い上に高額で取引される熱帯木材(Tropical Wood)の産地。


さて、わが国はまずトゥクロール帝国(Toucouleur Empire)を目指し、マリ帝国(Mali Empire)を目指さなければ、サヘルの復興、欧州への逆襲はできないものだと考えている。
そのためには、以下の都市を抑える必要がある。
(以下、地名のリンクは英語版Wikipedia。左下の言語版リンクに日本語版があるかもしれないので、日本語で読みたい人はそちらから。)

そして、何よりも重要なのが、これらが一つでも欠けると成立が実質不可能になるという点だ。英仏どころか葡蘭も現在のマッシナ王国で敵う敵ではない。早めに併合して、英仏らとの関係を強化したいところ。

…と、解説しているとキリがないので、近隣諸国以外は0.5章で解説しよう。

話をマッシナに戻そう。

初期段階でバンバラと戦争中なこと、好戦主義(Jingoism)な政党であることが災いし、財政は火の車だ。加えて産物も綿花、牛、穀物といずれも一次産品である。

主要民族はイスラム教徒のフルベ人(Fulbe)。ほか、バンバラ人(Bambara)、アフリカ少数民族(African minor)も許容されている。
その他の民族に、マンデ人(Mande、ギニア方面で多い)、ジュラ人(Dyula、イスラム教徒でワッタラの主要民族)、セヌト人(Senuto、ワッタラ東部に多い)もいる。

フルベ人は少数派であるが、フォーカスポイントを当てるときなどに使うポイントは許容民族を含めた数字なので、特に心配することもない。

第一章 西進

脚注

  1. この時代、「スーダン」といえばサハラ砂漠以南のブラックアフリカ一帯を漠然と指していた。当時ムハンマド=アリー朝エジプトの支配下だったヌビア(ナイル川中流域)が「イギリス・エジプト共同統治領スーダン」となるのはもう少し後のお話。なお、史実ではマリ一帯も「フランス領スーダン」となる。

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