第2章 進む経済改革

1846年。

話はやや前後するが、 四国に民需用の肥料工場を建設している。
さすがに建設だけでは経済が回せなくなったので、民需建設も進める。

1851年6月、鉄道の研究が完了。

1853年6月、孝明の復権と侍の落日が完了。次いで残り四国のみになっていた都市化も完了。

そしてあっという間に1856年。保護主義を通しつつある。

GDP:30.8M (+9.1M /27.6M(+3.3M))
識字率:53.9%(+6.5% /59.0%(▲5.1%))
生活水準:9.0(▲0.6 /9.9(▲0.9))
人口:35.9M(+2.2M /34.2M(+1.7M))
下層民生活水準:9.0(+0.3 /9.0(±0))
自給農家率:74.4%(▲7.1% /76.3%(▲2.2%))
失業者数:123K(+7K /-)

生活水準と識字率に関しては停滞気味だが、GDPは前回を上回るレベルで成長している。

1857年、製薬の研究完了。公共医療保険へ。

1858年11月、公共医療保険の制定が完了。
生活水準の増加幅が1ランク当たり+1.0から+0.5とナーフされている。
(慈善病院も下流層限定に、民間保険も上流層限定にナーフされている)

ちなみに維新ジャーナル最速を狙うならここを飛ばして移住規制通したほうがいい。

啓蒙専制君主RTAを狙うにしても、小作農削減RTAを狙うにしても同じく。
ではなぜ通したかというと、ある程度やりすぎて汚染に耐えかねる状態になるのもアレなので。

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